July 08, 2023

Joeのはなし。

 南の小さな島にも髪を切る店は何軒かあって。

どの店も当然、日本の美容室のようなセンスやテクニックは期待できないし、期待もしてないいだけど、とはいえ周りから「あそこはマシだよ」と言われた店で散髪してます。

茶色の長髪で、おばさんのようなおじさんのJoeがやっている店。ハサミは滅多に使わず、バリカンだけで器用にカットしてくれます。

いつも割と混んでる店だけど、ある土曜日の朝、早めに行ったら僕がその日最初の客で、一人。

Joeの英語と僕の英語はなんだかすごいズレててよく通じないんだけど、僕が日本人だと分かると、問わず語りにJoeの話をしてくれました。ときどき、なよっとした笑いを挟んで、ときどき、僕の肩を触りながら。

1989年からヘアーカットの仕事を始めた。
この島に来て12年になる。
若い頃、日本に行ったことがある。日本では週末にダンスの練習をしていたわ。
日本で稼いだ友達が何人もいる。フィリピンに戻ってジャグジー付きの大きなプールがある家や、コンドミニアムのビルを建てた。そこによく誘われたのよ。
日本は自分みたいなゲイでも問題なかった。性転換して豊胸手術してダンサーやって稼いだ友達もいる。私はそうしなかったけど。
あんな札束を見たのは、あのときだけだったわ。
マニラは日本と同じ、なんでもある大きな街。この島では稼げない。でも、いいの。使うところもないから。ここにマニラみたいなショッピングモールはないでしょ。服も靴も、中国製の売ってるものを買うだけ。
いつか、また日本に行くとき、あなた手伝ってくれる?

* * *

そうか、日本でフィピンパブが流行って、フィリピン人ダンサーがたくさんいた頃のはなしで、たぶんJoeは、ルビー・モレノと同じくらいの世代。

Joeはいつもより時間をかけて、僕の髪はいつもよりだいぶ短くなった。


July 02, 2023

人口の少ない島で暮らす。

 


結構な数の開発途上国にそれなりの期間滞在してみて、さらには住んでみて、それぞれの国の生活のハードシップ、困難さについて考えることがあります。

そりゃね、アフリカは大変だった。インドも大変だった。東南アジアの某国も、街から離れたところは大変だった。

それで今、太平洋の島に長居しているんですけど、で、ここは一人当たりGDPとかそういう指標で見ると割と開発水準の高い国ということになっているんですけど、でもまたアフリカやインドとは別の生活の厳しさがあるなと。

そう感じる最大の原因は、なんといっても人が少ないこと。今のこの島の人口は3万数千人。この程度の人口だと、ちょっと凝ったサービスや商品はマーケットが小さ過ぎて商売として成立しないので、入手困難になっちゃう。

病院はある。最低限の内科医、外科医くらいはいそう。でも、専門医はいない。X線写真は撮れるけど内視鏡は無理。メガネもたぶん作れないし、歯科医もまともなのはいない。

服や靴の選択肢はない。あるもの、サイズの合うものを買うしかない。

決まりきった食べものしかない。現地の人が好んで食べるもの以外は、希少だったり入手できなかったり。

あらゆるものの選択肢が限られる。食品、電化製品、車、文具や工具、食器や生活雑貨、家具や寝具、みんなあることはあるんだけど、「えー、これだけ?」っていう中から選ぶしかない。もしくは2、3か月はかかる海外からのお取り寄せになる。それもかなり割高の。

死にはしないんだけど、生活の質はかなり悪い。いや、事故や怪我、心筋梗塞や脳梗塞だと救急治療は怪しくて、日本だと助かるものも、ここだとやばいな。

ところが、島の人たちの平均的な金銭収入はそんなに低くない。なので、貧困国とはみなされない。生まれながらにこの島の人はそれが当たり前なので、不便なんかそんなに感じてない様子。

たとえ開発途上国でも、人口が多ければ一定の中間層や富裕層がいて、また外国人のコミュニティもそれなりの規模があって、首都ではそれなりのサービスが揃ったりするものです。ガーナのアクラにだって寿司屋はあるし、ジンバブエのハラレにだってフライドチキンやハンバーガーのチェーン店はある。

それが人口3万人で孤立している島だと市場が成立しないので、日本みたいな消費者が王様の国から来ると、とんでもなくクオリティ・オブ・ライフの低いところになっちゃう。

ノーベル経済学賞を受賞したアマーティア・セン博士は、「豊かさとは選択肢があること」と喝破したそうだけど、まさにそう。このセン博士のいう意味で、島は貧しい。お金は持っていても。

人口3万人の島には大学もない。若い人たちにとっては、島でなんとなく生きててもそれなりに楽しくは暮らしていけるんだろうけど、人生の選択肢が少ない。結果、若い人たちは就学と就労のために、また大人も子供も病気になれば治療のために島を出てしまうので、元々人口が少ないのにさらに人口流出が起きていることが問題となってしまってます。